平山和久の日記

いつまでも少年です。

合唱のこと つづき6 

 前回は、ロシア正教会のチャントのことを、書きました。東方教会に属するロシア正教会の祈りについて心を惹かれ、いつかは、東方教会の祈りに出席してみたいと思っていました。

 

 それから、かなりの時間がたち、母がお茶の水の「井上眼科」に白内障の手術で入院することになり、付き添いで立ち会うことになりました。

 井上眼科のビルのすぐ側は、通称ニコライ堂「東京復活大聖堂」であり、正午には神父が鐘の演奏をする姿をまじかに見ることができました。

 夕べの祈りに出る機会が来たと、土曜日の六時からの祈りに出席しました。

 

 いまから35年も前のことでもありますが、ソ連や東欧の社会主義国はまだ立派に存在しておりましたが、それらの国々の人たちがかなりの人数で出席しておりましたことは驚きでした。

 

 聖堂の中には、椅子がなく、祈りはすべて立ったまま行われます。

 

 祈りは祈祷書に基づいて日本語で行われ、司祭と会衆が交互にチャントで行います。もちろん外人会衆も日本語で唱えます。

 私がとても印象に残ったことは、「五穀豊穣」などととても土臭い用語が祈りの文に出ており、農民などの暮らしに密着した祈りの印象を持ちました。

 

 司祭である神父が、唱詠すると会衆が応唱し、祈りはすべてチャントで行われました。文体は文語体であったと思います。唱詠のまえに神父が音を取っており、会衆を導いていました。

 修道院や大規模教会と異なり、聖歌隊はおらず行われておりました。

 

 祈りの最後のほうで、イコノスタスが奉持され、会衆がこれに接吻をしていることが、印象深く思い出されます。

 

 祈りの時間は夕べの祈りなのに、約一時間と長く、西側の教会よりも長く行われます。小生は出席しておりませんが「ミサ、聖体拝受」の時は三時間もかけて行われるようです。その間立ったままですので、たいへんです。東方教会は長く祈りの時間を持つようです。

 ルーマニアブルガリアの教会のビデオをみましたが、教会の中に入れない会衆が外で、それも寒い中で祈っているのには驚きました。

 

チャントでの祈りが行われている、東方教会はとても引き付けられるものがあります。

        それではまたの機会に。